最近思うこと。

人はけっこう教えたがりだ。

ネットを開いて、わからないことを問いかけると
親切な誰かが答えてくれる。

探せば答えが載っているサイトもすぐ出てくる。

考える間もなく、瞬時に答えが出てくるってのは
便利だけど考える力を奪ってしまうんだと思う。

身近な出来事で、そんなことを思うことがあった。

食事の時、調味料をかけようとすると
「違うよそれ、いつものじゃないじゃん、こっちでしょ。」と
指摘が入る。

これは父と母の会話。

しばし、動きが止まる父。

確かにいつものヤツじゃない。
でも、今日はその味付けが食べたいのだ。
そうだよね、父?
と聞くと、そう。と答える。

違ってると思ってさ。
と母。

いや、間違ったら付け直せばいいじゃん。
ちょっと過保護じゃない?
と、私。

ここまでのやり取りの背景には
間違ってしまったら好きな味つけにならないし
片付けに手間がかかるし
効率がいいし
いつも何をかけたらいいのか尋ねる父もいる

そんなことがいろいろなことが重なった結果だ。

指摘したほうは悪気なんてない。
寧ろ、親切で相手のことを気遣っている部分もある。
でも、そういったやり取りが長年続くと
受け止める側は、自分の選んだものは間違いなのか?
と自分の選択に自信が持てなくなって、
相手に決定権を委ねてしまうのだ。

そしてその状況は、
自分の気持ちに正解不正解があるのかと探ってしまう。
気持ちにそんなジャッジはいらないのに。

そんなことを思う時、
いつも、槇原敬之の「どんな時も」の歌詞を思い出すのだ。

「どんな時も、どんな時も、僕が僕らしくあるために
好きなものは好きと、言える気持ち抱きしめてたい。」

懐かしいよね。
歌詞はうろ覚えだけど、だいたいこんな感じでしょ。

自分がトレーナーになったとき、
お客様についついたくさんの情報をお伝えしようと
してしまっていた。(反省)

身体の変化を自分で感じ取って動くようになれば
動きの質が格段に上がる。

トレーナーの言われた通りにできない、感じられない
そんなときもあっていい。
すぐに出来ることと時間をかけて出来ることといろいろある。

好きとか楽しいとか、プラスの感情だけを良しとするのではなくて、
嫌いとか悲しいとか、マイナスの感情もあってもいい。

世の中に正解なんてない。
自分の気持ちに正直になってもいいじゃない。

違ったらやり直せばいいだけの話だけなのだから。

今日は、そんな気持ちを正直に書いてみましたよ。

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